ことばの実験室 更新2019/7/15

書きたいのは「変な」手紙

なかなか騒がしい時期でして、
周囲に影響を受けないように…と、
思いながらも、知らないうちに
気持ちが飲み込まれてしまう。

影響力の武器」という本を読んだときに、
ニュースで人が亡くなる話題が放送されると、
次の日には、死亡件数が伸びるって
書いてあったのを思い出してぞっとする。

つらいニュースも多いし、
それを慰めるメッセージも飛び交う。
みんなが一色でなじんでいく感じ。
増幅し合っていて、
こちらとしては、
ちょっと退きがちな気持ちになる。

テレビも、SNSも、見ると、
現実だなあと思って、くらくらする。
どんどん周りが面白さを失っていく。
(特に、自分も。)

まだ、(これからの案件で必要な)
都への入札申請をするのに
「損益計算書」や「貸借対照表」などの
「財務諸表」をピックアップしたり、
納税証明書を取り寄せしたり、必要なICカード、
カードリーダを調べて取得したり、
そういうことの方が「逆に」
伝説のアイテムを得るためにRPGの冒険を
している気分になれて面白い。

日々、見聞きする情報とか、人の気持ちや考えが
もう飽き飽きして、面白みが全くない。
しばりがかかっているというか。
面白みがないのに気持ちだけは
増幅し合っている。

そんななかだと、
普段見慣れない書類を作っている方が、
むしろ非日常で面白いとさえ思えてしまう、
という。

そういう時に、あ、これこれ!
面白いっていうのはこういうことだ!

と思う本を見つけた。
見つけた、というのは
自分の本棚から久しぶりに、
という意味で。

少女への手紙」ルイス・キャロル
という書簡集。
20代の頃から、60代までに送った手紙を
集めた本。
相手は99%が女の子。

どの手紙も、かなり風変わり。
たとえば、
自分(キャロル)の誕生日にプレゼントを
贈るのに迷わないよう、
好きなものを教えておきますね。
という。

「まずわたしの好きなものは、
ローストビーフの薄切りを下に敷いた
マスタード、
それから、黒砂糖、ただし、甘すぎないように
りんごのプリンをすこし混ぜたほうが
よろしい。
しかし、最大の好物はというと、
塩ですね。
むろんその上にスープをかけます。
塩があまり乾きすぎないよう、
しっとりとさせるためのスープです。」

手紙の最後に添える文として
「ジェシー、ケイト、ハリー、それからきみに
愛を送ります。おまけとして、
キスを四つ、ひとりひとつですよ。
どうか、途中でこわれませんように。」

まるで、「キス」が繊細な陶器かのように
手紙に込めたよっていう。

こんな、愛とおふざけを込めすぎた手紙、
大人には送れやしない。
だから、相手は子どもの女の子だった。
というのもよくわかる。

けれど、少女たちも、大人になっていく。
大人になっていくと、
心も離れていく。

どんな風に離れるか、
それは親切と謙虚であると。

そのはざまにいた女の子から
来た手紙には、きっと親切や、
謙虚の気持ちがそなわり、
それがキャロルことドジソン氏には
むしろ堅苦しく感じられたに違いない。

わたし(キャロル)の送った手紙が、
あなた(女の子)の家に届いたとき、
手紙はあなたの家になじむでしょうか?
あなたの家には「シンセツ」という
(「ハッポウビジン」という方が
ニュアンスは近いか)
ソファがあって、これじゃ、ぼく、
ひとりじめできそうもないな。

前は「ワガママ」っていう、
ほんのちいちゃなほどよい椅子が
ひとつあったきりだったのに。

それに、暖炉のそばのちっぽけで、
まぬけなスツールには「ケンキョ」って
書いてある!
前の家にあったしゃれた背の高い
スツールを見せたいくらいだよ。
「ウヌボレ」って書いてあったけど、
この方がずっとすてきな名前じゃない。

花束や、グリーティングカードよりも、
自分のことを好き勝手に書いた手紙の方が
よっぽどうれしいプレゼントだ、っていうし、
褒め言葉よりも愛の方がためになる、
ともいう。

そのドジソン氏のいう「愛」っていうのは、
人と人とが異常なくらい接近して、
お互いの「変な」ところを見せ合いっこする
ということなんじゃないかな。

これは共感得られるか分からないけど、
ぼく自身、すごくよくわかる!
と思う。

自分がちゃんと「変」でいられる、って
幸福なことだよなあ。

まともになっていくことに
寒さと抵抗感を感じてしまう。

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