ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

日本語へんです相談

時々、言葉って変だなって思う事がある。

「うそをつけ!」
って、言っているのに、
嘘をつくなという意味だったり。

「今日のごはんは?」
「スパゲッティよ」
っていうけど、
ごはんは、スパゲッティじゃないよね。
とか。

今日のごはんは、からあげよ!
っていうのを認める(ごはん=夕食)にしても、
「ごはんのおかわり」というと、
それは「ごはん」だけなんだよな。

目薬さして、
「ぱちぱちして」っていったら、
手をたたいて拍手したのが、
どうして間違いなんだろうとか。

さらに、「手をたたいて」と
言ったら、
ばしっと手を叩かれて、
「痛ぁっ!」と怒られても、
言われたことをしたまでだと言って
間違いではない気がするし。

大きくなったら何になりたい?
「んーあとちょっと小さくなりたい。」
と言ったら、笑われたとか。

遠隔イベントで出会った初対面の子に、
「どこからみてるの?」と聞いたら
「おうちから。」と。
そうだけど…ごめん質問の仕方が間違ってた。
と思うことがあったり。

お寿司屋さんで何を一番食べた?
「酢飯」と言われると、
ちょっと期待しているのと違うなとか。

犯人には「男」と一般人には「男性」
なんで?
高齢のおばあちゃんには「あの女」とは
言わないとか。

ふつうは、変だなって気が付かない。

でも、こうして、
ミステイクを挙げてみると、
(しかし、理論上はミスではない、
だからこその)なんでだろう?に
ぼくは正しい答えを用意することができない。
むしろ、よくわからない。

だけど、そういう現象を目の前にして
おもしろいな、とは思う。

自分でも気が付かない自分に
出会えたような気がして。

「日本語は天才である」といったのは
柳瀬尚紀。
そんな天才な日本語を無意識に
使いこなしている僕らも
実は無自覚な天才なのではないか。

言葉を理解するのにはどうやら
言葉だけじゃ足りないようだし、

いろんなとらえ方があるような
質問でも、状況をみて判断している
ということが大いにある。

「水ある?」と質問されて
喉が渇いていると思うか、
冷蔵庫に入れていたフィルムが
湿気っていた事実を知っているかで、
答え方も変わる。

のどか乾いてるなら飲み水のことだし、
フィルムの湿り気なら、
たとえば野菜についてる水っけのことを
言っている可能性もある。

感じ方の問題もある。

変換ミスで、
「再開」を「最下位」にしてしまったり
「以上です」を「異常です」にしたり、
ただの間違いなのに、
いやな気分になるのはなんでだろう?

明治初期の日本を旅したイギリス人女性の
イザベラ・バードは、日本のある食べ物を
まめ製の白いゼリーと表現したけど、
すごくまずそうにおもえるのはどうしてだろう?
(※それは豆腐のこと)

きみは馬鹿じゃない!
頭悪くもない!
不幸じゃないよ!
と言われても、むしろ、
馬鹿とか、頭悪いとか、不幸だと
言われているような気分になる
とかも変だなと思う。

なんで?
と言われたらよくわからないけど、
なんでだろうと思うこと自体が、
自分自身の中にあった「変さ」に
気が付けるきっかけとなる。

今、ここにないもの、
遠くにあることに思いをはせるのも
いいけれど、
一番身近な自分たちのしていることに
未開の魅力が潜んでいると
思えたら…
いったいどうなるのだろう?

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