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初見の風景

毎日通っている場所、駅、建物のこと
どれだけ思い出せるだろうか。
 
天井ってどんな構造してたっけ、
エレベータのボタンって
どんなデザインだったっけ、
床は?壁は?椅子の脚って何色?
などなど、あんまり見えてこなくても
生活に支障がないものって、
かなり見ていない。
 
ぜんぜん思い出せない。
思い出せないというか、見ていないから
そもそも知らないんだと思う。
 

 
京都駅に行ったときは、でっかーいと天井まで丹念に
眺めた記憶はあるんだけど、
こないだ地元付近の国分寺の駅の改札広場の天井をみて、
ああ、こんなんだっけ、と思った。
何度も通っているけど、初めて意識して見たかも。
 
旅行者の目のほうがよくものを見ている。
そこに日々暮らしている人のほうが、
見ていないことがよくある。
 
知らなくて、何が悪いといわれると、
なにも悪くはないんだけど、でも、
知らないんだけど、そこにあるってことは、
自分の意識の外側にも、
世界がちゃんとあるということ。
 
たとえば、いつも通る家から駅までの
道でも、
一本道から外れただけで、
とたんに「知らない場所」だったりする。
 
行けば、行っただけ、見たら、見ただけ
そこには何か必ずある。
 
よく見慣れている印象的なお店とか家や、
目印になるような大きな木のある風景があったとしても、
それを反対側から見てみると、これまた
とたんに「初見」の風景になったりする。
 
散歩の醍醐味としては、近所にある
初見の風景を探すことであると僕は思う。
 
知らない景色がこんなに近くにあるなんて、
と思ってわくわくする。
 
よく知っている町も、うがった角度からばかり
写真を撮ってアルバムを作れば、
ここはどこぞや、というものになるはずだ。
 
いつも通っていない道というのは、
ちょっとした旅行のように面白い。
 

 
これはなにも風景だけの話じゃない。
「家庭の科学」(ピーター・J・ベントリー)という
本を読むと気が付く。
牛乳をほっとくとくさるけど、
あれってどういう仕組みなの?
チーズを発酵するのとはどう違うの?
 
干した洗濯ものが乾く時と乾かない時の違いって?
 
石鹸をつけると肌でどんな現象が起きているのか、
熱したあとの鍋のふたが外れない時は、
冷やしたほうがいいのか、再び熱したほうがいいのか。
 
などなど、
普段はなんとなく身の回りで起きている現象も、
分子レベル、あるいは大気レベルで見れば、
ちゃんとした筋の通った動き方をしている。
 
目に見えないし、見ていないけど、
そこでもちゃんと、ぬかりなく、
存在していて、割合いきいきしているものが
ある。
そう思うと、わくわくすることがある。

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