ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

思い出はネットに載ってない

分からないことがあれば、
ネット検索で大抵のことは分かります。

冷蔵庫に残っている具材で、
「白菜 大根 たまご」とかで検索すると、
いろんなレシピがパーッと出て来ますし、

植木を剪定したいのだけど、
どうやって切ったら
うまくカットできるのかな、とか

台湾料理のメニューにある
鴛鴦茶ってなに?とか。

…こうなってくると、
もう出てこない情報など
ない気がしてきますよね。

ネットがない時代は、
人づての知恵や記憶っていうのが、
大切だったんだろうけど、
そのかわりがネットになった今は
「記憶」という能力を
意識的に使っていない気がして
ちょっと大丈夫かな、と思っています。

しだいにエスカレートしていくと、
あれ、母方のおばあちゃんの誕生日って
いつだっけ?
親戚がいっこ前に住んでいた、
今は取り壊された家の雰囲気って
どんなんだっけ?

という、ネットに上がっているはずもない
プライベートな思い出さえも
つい、調べてしまったり。

もちろん載っているはずがないんだけど。

ネットに載っていなくて、
自分(あるいは限られた親類)の
記憶にしかないことなんだと
思うと、すーっと寒気がするというか
心もとない気分に襲われる。

以前書いた「ことばけ」の絵本を
具体的に考えていく時のこと。

おじいちゃんちにお泊りに行った時、
まず、どの部屋でなにをして、
どんなことをして遊ぶんだろう?と
思って、こともあろうか、
ぼくはネットで検索し始めました。

「おじいちゃんち お泊り 思い出」
みたいな検索で。

ところが、こちらが望むような
情報はほとんどなくて、
うーん、こまったなあ、と。

そのとき、馬鹿みたいに簡単な
解決策を思いついたんです。

自分はどうよ。と。

あ、そうか、ぼく自身の思い出を
忘れていたよ。と。

一緒に住んでいない方の、
めったに会わないおじいちゃんちに
行った時のことを思い出してみよう。

家の匂いも、その家独特の品性とか、
なんとなく緊張して
どぎまぎしていたような感じ。

おじいちゃんに手品を教えてもらったり、
庭で、「くろ」という
平安時代のお化粧みたいな顔をした犬と
あそんだり、
(見たいけど「くろ」はネット検索では
出てこない…汗)
おばあちゃんが大量のお菓子を
持ってきてくれたり、
なにか縫い物している横で、
ただただ漫然とぼんやりしたり、
スーパーに買い物にいったら、
好きなものを買ってあげると言われたり。

自分の中から、
なにも浮かんでこないような気がする時。
それって、オリジナルの記憶のことを
見捨ててたんじゃない?
と。

ネットに載っていない記憶って
けっこう灯台下暗しだなあ。

今の子たちは、結構デジタルデータとして
SNSがアルバムに代わっているんだろうけど
人生はSNSなどで撮った瞬間「だけ」で
構成されているわけはなく、
やっぱり、記憶にしかない思い出の
割り合いの方が大きい気がします。

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