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引き継ぎ書としての絵

昔が好き。
100年以上昔の写真を見ていると、
とてもいいなと思う。
 
とくに、自分の生まれた土地の古い写真を
図書館で探してきて眺めていると、
うっとりする。
 
今や住宅地であるのだけど、
かつてはまったく面影もない。
山間の田んぼだった。
 
どんな匂いがして、どんな日が差して、
どんな雰囲気だったのか。
木や植物もだいたい今と同じようなものが
はえていたのだろうか?
 
こういうことを想像していると、
筆舌できぬ悦楽に浸ることができる。
 

 
ピラミッドが長いこと世界七不思議の
ひとつとして謎めいた存在だった。
 
今や王様のお墓だということがわかっているが、
いつからピラミッドの存在理由は謎になったんだろう。
 
どうしてちゃんと言い伝えて来れなかった時代が
あったのか。
 
突然話が飛んだけど、
今、自分の住んでいるところが、
かつてどういう遍歴を経て今に至るのか、
知っていおいた方がいいと思う。
 
なぜ?と思うのは、人だけがいる世間に
慣れすぎている証拠。
 
今は人が住んでいる町でも、
ずっとむかしは、野原だか、海だか、
山だった。
そこに住んでいる動物や植物や
地質の特徴なんかは、人が開拓する前から
そこにいたはず。
 
人間としては、「ぼくもいれて」という感じで
その土地に「一緒に」住む。
おじゃまします、という気持ちがあれば、
一緒に暮らす「あなた」のことを知りたくもなるので、
むちゃな開墾はしにくくなるんじゃないか。
 
そういうことがないと、
人は平気でめちゃめちゃなことを
してしまいかねない。
 
ここにこんな建物立てやがって、
みたいなのが歩いているとあるし、
二人暮らしで例えると、
お互いに申し合わせておかないと、
同じ調味料、同じ食材を買い込んで、
こんなに使えないじゃんか、となってしまう。
 
お互いにちゃんと意思の疎通を取る必要がある。
自然とも疎通を取らないと、
そこある調和が崩れるてしまう。
(すごくほわっとした話だけど)
 

 
そういう意味でも昔の写真は役に立つ。
ここにこんな木があったのか、
こんな雰囲気だったのか、
ここは昔、水田だったのか。
しかも今はその上に家が建っているのかとか。
 
今への引き継ぎ書としての写真、
というつもりでみると、個人的な悦楽が
さらに役に立つような気もする。
 

 
鳥瞰図を三世代にわたって描く延木由起子さん
という方がいる。
今は神社のパンフレットなんかで
利用される鳥瞰図だけど、
これが時間が経ってくると、昔の様子、
という価値が出てくる。
 
すばらしいなと思う。
自分の描いた絵が、ずっと後の人がみたときに、
どう見えるか、ということもちょっと考えてみたい。
 

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