ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

年末年始になにか書きたくなる理由

年末と、お正月って、
ついなにか書きたくなる。
SNSをひらくと、昨年と来年の
総まとめのような投稿で
埋め尽くされているし。

昨年を振りかえってみたり、
今年の展望を望んでみたり。
ふしぎな気持ちに包まれる数日。

なにかが起こりそう、という予感。
気持ちをあらたにして、
これからを期待して、
気を付けて、
具体的な、それから心の準備をする。

あれはなんだろう?
と思う。

その起源…かもしれないことが
5000年以上前にあった。

小学館の学習百科図鑑「星座」
(1980年初版)で
読んだんだけど、
現在のイラクの辺りに、バビロニア
という国があったらしいんです。

その頃から農耕が始まっていたり
羊飼いなんかもいたらしい。

羊飼いは、夜の番の間、
スマホもなければ、本も、音楽も、
話し相手もいない、となれば、
見るのは空の星くらい。

そうとうヒマだったに違いない。
しだいに無数の星のなかに
ある規則を見出してしまう。

この季節の、この時刻になると
だいたいあの配列の星が、
この辺りに見えるなあ、みたいな。

当時なんかは、きっと満点の星空
だったと思うんだけど、
ぼくが長野の山で星空をみたときは、
わけがわからなかった。

数が多すぎで、複雑で、
だんだんなにを見ているのか、
分からなくなる。

でも、あれと、あれがつながって
「ほくとしちせい」って教えてもらうと
あーほんとだ、と。

あるはずなのに見えていなかった
意味が浮かんでくるようで、
まるで手品をみているかのような。

しかも、それが、季節ごとに
決まった動きをしている。
その動き、位置があまりに正確なので、
農耕する(つまり生きていく)上で
ものすごく重要な指針となった。

そうなってくると、昔の人が
星は神様なんじゃないか、
という想像をしても無理はない。

犬の頭のシリウスとか、星座になぞらえた
話がつぎつぎと生まれる。

当時のことだから分からないけど、
神様たちが本当に存在するっていう
気持ちはあったんじゃないかなって
思う。

だからこそ季節の変わり目、
時期を新たにする境目には
神秘的な力の働きをどこかで感じている。

今は、科学の時代といわれて
久しいので、そんなことは
ないけれど…と思うが、あ、そうかと。

それこそ、年末、お正月は
いつもとは違うムードを意識だけじゃなくて、
どこかで体内時計みたいな感覚で
捉えているんじゃないかな。

内臓とこころ」という本では
内臓は一つの星、と言っていたけれど、
やっぱり、星をふくめ
太陽系のなかで一緒になって
回っている天然の内臓を持つ我々。

かつて、星空の動きに
神秘的な働きを感じていた感覚は、
じつはいまもなお
ぼくやあなたの中で働いている。

その衝動が何かを書かせる
のかもしれない。

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