ことばの実験室 更新2019/7/15

好きなものの中の好きじゃないこと

本当はこわいグリム童話。
っていうのがありますよね。

もともとは、ぐさっとやられて、
絶命するようなシーンでも、
現代では何とか逃げおおせた、と
言い換えられていたり、

「赤ずきん」では、
狼がおばあさんを噛み、
自分だけで食べるのではなく、
何も知らずにやってきた
赤ずきんにも調理の上振る舞う、
などという、
通常では考えられないような、
残酷なことをしていたり…。

話が広がるにつれて、
尾ひれがつきまくったのか、
それとも、
実際にあった事件をもとに
作られたのか。

どちらにせよ、
当時語られていた時代には
そのインパクトありありな内容が
ひとつの現実の生々しさとして
受け入れられていたんだろうな。

今の時代に、
グリム童話というと、
カットされたり、変更されたり、
教訓があったり…「ラプンツェル」なんかも
ディズニー映画になろうものなら
入念に素敵に仕上げられている。

なんでこの話をしようと思ったか、
というと、
本当は怖い話っていうのが、
ぼくたちの身近にもあるな、と思って。

最近、未就学児から中学生までの
幅広い子たちと、その親御さん、
それから教育者(先生、講師的な)に
出会うことが時々ある。

それで、子どもたちがこれから
どういう未来に生きて、
何を選択して、生み出すんだろう。
みたいなことを、ぼんやりと
頭の片隅に思うようになったような、
ならないような。

そこで、よく聞くのが
「いろんな大人や職業に
小さい頃から出会っておくこと。」
という。

「自由さ」「好きなこと」「熱中」
これらのキラキラワードに、
そうか!と思って、学校の勉強より、
自分の好きなことをただ、続ければ
オールオッケーなんだ。
そういう風に話をひとまとめにして、
しばらくの間過ごしていた。

これが、要するに、
現代版グリム童話みたいな
教訓と素敵さで包まれた
おとぎ話みたいなもの。

だが、現実には
知られざる怖さがある。

ある小学5年生の男の子には
好きな事がある。
親の視点から見れば、
それなら、中高一貫校に入れば
高校受験がなくなり
つまり、その分、好きなことに
時間が費やせて、環境もいい。

これだ!ということで、
中学受験をすることに。

しかし、受験をするからには、
好きじゃない教科も
勉強しないといけない。

=今は「好きな事だけ」ができない。
それは未来のための時間の投資、
といっても、
その子のモチベーションは
どこまであがるだろう?

小学生の頃って、
今日が楽しいかどうか、という
選び方の方が実感がわく。

(でも、大人の視点からみると、
好きなことしかしない、って
紙一重で不良だ。)

クラブのサッカーも楽しいし、
自分の好きなこともある。
でも、
将来、彼にもっと
熱中してもらうために、
したくない勉強もせにゃならんのは
もっともだ。と大人は思う。

そう思いながら、
「子ども時代が、大人になるための
準備期間」という考え(システム?)が
どうしてもあって、
違う、と思いながらも、そうなんだよな、
という気持ちもあり、
考え出すと埒があかない。

好きなことの道すがら、
好きじゃないことに出会うことも
少なくない。

そういう、現実と、
どのくらい向き合えてるか、

というのは、現場で
子どもたちと日々付き合っている
人じゃないと分からないよなあ。

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