ことばの実験室 更新2019/7/15

失敗したら成功…と思ってみる

だいたい日記とか、作文って
1月1日から始めるより、
何とも言えないような日から
おもむろに始める方が続く、
という気がする。

新しいメモ帳も、
最初に書いた漢字を間違えちゃって
思い切ってぐじゃぐじゃって消す方が、
前向きに「もうどうでもいいや」
という自由な気分になれる。

年が改まると、そんなつもりもないのに
気持ちも改めたくなってきちゃって。

そんなとき、書く内容にも、コツがある。

よく陥るのが、
「新しいことをやりたい」
「自分を変えたい」と書くこと。

これ、冷静に見ると、
ものすごいふわふわワードだよなあ。

だからといって、
具体的に「どうしよう」と考えても、
「~たい」という言い方に不安を覚える。
だって、それじゃあ結局しないもん。

上手くいかないかもしれない、とか、
どうしたらいいか分かんなくて、
二の足を踏むとか。
いろんな「しない」言い訳を作れてしまう。

だったら、こう考えよう。

恥をかこう、
失敗しよう。

つまり、
恥をかいたら成功!
失敗したら成功!

とする。

あ、これはいい。
とにかくやってみよう、
と思えるのでいい。
あくまで、やる前の心構えとしては。

具体的にはあえて書かないけど、
今年、ぼくの恥ずかしい失敗を
見届けてくれるとうれしいです。
もちろんうまくいってくれても、
よいのだけど。

ところで、

自己啓発的な考え方を、
ぼくは嫌いではなくて。

なぜかというと、
考え方ひとつに救われる経験が、
これまでにけっこうあったから。

考え方っていうのは、要するに
ことばのとらえ方のことなんだけど、
ことばって100%脳内イメージでしょ。
だから、ことばのとらえ方が変わると、
考え方や気分も変わる。

「ことばのとらえ方」の基盤は、
他人と共有している部分も多いけど、
その時そのタイミングの
個人的な浮動枠もある。

そこがけっこう大きくて。
立場とか環境とか外の要因じゃなくて、
個人の主観が人生を99%くらい左右している
といってもいいくらい。

たとえば、
同じ場所にいても、
汚れている方が落ち着く人と
潔癖症とでは、居心地がまるで違う。

高所恐怖症とそうでない人も。

それを「気分」というには
重いかもしれないけど、
基本的には同じことなんじゃないかと。

つらいことがあっても、
他人から見たら、大したことが
なかったり。
だったら、他人と同じような感覚で
捉える事ができたら、
どんなときも効率的に行動できそう。

…みたいな、
そんな考え方をすれば、
急に気持ちが軽くなる。
ということが、たまにあって、
それがとても快感。

「まず失敗をしよう。」

というのは、編集者の箕輪厚介さんの
言葉を借りたのだけど、
ほんと、そういうことだなあ。

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