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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

失われし「できなかった頃」

一度、自転車に乗れると、
乗れなかった頃の身体感覚は
スパっと消えてしまう。
 
戻りたいとは思わないけど、
できなかったころの…あの、
なんとも言い難い不安定な感覚を
失ってしまうのが、もったいない、
という気もする。
 
克服する、または、できてしまう、
あるいは、成長するというのは、
できなかった頃の、または、
バカだった頃の…、あるいは
たよりなかった自分を
卒業してしまうということで、
つまりそれは、
得る事ばかりではなくて
できなかった自分を失う事にも
なってしまう…。
 
そして、失われた側は、
歴史の遺産として、
掘り起こされるのを
待っているような気がして
ならない。
 
特に、子供の頃のことは、
ほんとうに忘れてしまう。
 

 
こないだ手に入れた
2歳から9歳までこどものことば」晶文社
ぐるーぷ・エルソル著
 
という本があるんだけど
ざっくりこの本を説明すると、
全国から子どもの日常会話を集めた
語録集。
 
ぱらぱらっと読んでいると
自分にもかつてあったはずの
心地よい世界観があって
ほくほくする気分に見舞われた。。
 
なくなってしまった
もう戻ることができない
子ども時代の感覚を
掘り起こして、
眺めているような気分になれたような。
 

 
子どものユニークさが
どこから来ているかは、
もう思い出せない。
 
幼児は独創的で、想像力があって、
ユニークなことを言う、と、
一般的に思われているけど、
そこんとこ
単なる思い込みという気もしていて、
実際どうかわからない。
 
本当に子どもは独創的な想像力を
もっているのか?
 
さっきの本を読んでみると
子どもの言う事がおもしろい、
というのは、
全てがこどもの独創性によるもの
ではないなあ、という感想をもった。
 
じゃあなんだ、っていうのは、
ちょっと引用しながら、
考察してみたい。
 

 
「(子)おばあちゃんなんさい?
-80歳よ。
(子)うそ、80さいだったら もっとおっきいよ」
 
これは、独創的というよりも、
年をとると大きくなるよ、
というルールを、生真面目に守った発言。
子どもからすれば、
いやいや、年とると
どんどん大きくなるって、
前に言ってたじゃん!って思いそう。
 

 
似たような例では、
「…お母さんがヒステリックに怒ったあと…
おかあさん、びょうきなの?」
 
お母さんの顔がまっかになったのが、
熱を出した様子と似ていたのかもしれない。
これも、顔が赤い=熱、というルールに
沿った発言。覚えたルールに忠実です。
 

 
「(子)うんこ おちんちん なあんちゃって
-おちんちんって なあに?
(子)うんこのこども!」
 
これ、響きだけで言葉を
覚えたんだろうな。
うんこが親玉、その子分におちんちん
というものがいる。みたいな。
単語の意味ではなく、誰かが言っていた
音のニュアンスだけで
理解した結果。
 

 
「(子)つぎは、いきどまりです
いきどまりです。
みなさんおりてください。」
 
終点といいたかったけど、
自分がしっている「行き止まり」で
台詞を代用した、ということ。
 

 
「-フランスパンください。
(子)ゆびきれました。」
 
似た言葉とくっついちゃう。
言葉を覚えきれていない、
というだけ。
 

 
「(子)バイオマンのほんがほしい。
-本屋さんにあるかな?探してみて、あったら買ってもいいけど。
(子)うん、キンギョは、バイオマンのほんよんだら
なんていうかな?よろこぶかな?」
 
自分がそうだから、相手も同じような
感覚がある。
キンギョと人間の境界線が曖昧だったら
自然とこういう発想になるのでは。。
 

 
「(うどんを食べながら)
(子)おばけみたいじゃなあ」
 
「-(父の足の間で寝ていて)
あっぼく おとうさんのくわがたに
はさまれちゃった」
 
この2つは、うどんが
おばけではないこと、
それから、お父さんの足が
クワガタじゃないことを
知っているうえで、
その様子を表現している。
 
こういうのは独創的な
想像力だなと思う。
 

  
けれどその他の例を見てもわかるように
ほとんどの子どもは、
独創性を意図していない。
 
子どものユニークさは、
おじさんが、ダジャレを言うのとは
訳がちがう。
 
わざと面白いことを
言おうと思っているのではなく。
世界の捉え方があやふやで、
言葉を覚えきらないが故の
自然な現象。
 
子どもに独創性が感じられるのは、
作為によるものではなく、
よく知らない癖に、
やたらと自分に自信をもって
発言しているからだと思う。
 
最後の二つのように
とらえ方が面白い場合もあるけれど、
ほとんどが
こどもがイメージしていることは
案外そこまで「変」ではない。
 
自分が覚えたルールの中で
真面目に発言している。
 
覚え方がざっくりで、
使い方の精度に欠けるので、
大人にとっては、
へんてこな意味合いにとらえられる。
というだけにすぎない。
 
大人が面白がれても、
こどもにしたら、真剣なんだから、
こういう面白さを、大人になってから
作ろうとするには、
サンプリングするしかない。。
 
大人が作為的に、
この世界に戻ろうとするのは、
不自然な子ども帰りに
なってしまうよな。

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