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ことばの実験室 更新2019/4/23

天使的な発想とは…

こないだ、発達支援の先生の
お話を聞いていて、これは!
と膝を打つような話を
教えてもらった。

「手をたたく」
と聞いて、どんなイメージを
思い浮かべる?

パチパチパチ、と拍手する様子を
想像するのが、
多数派なんじゃないかな。

でも、次のような文脈で聞いたら、
捉え方は変わるはず。

「つまみぐいをしようと
してたので、私は、だめ!と、
彼の手をたたいた」

手をたたく=拍手
という図式が頭に刷り込まれて
いない子がいた時、
たとえば歌を歌いながら、
「みんなで手をたたこう」
と聞いて、つい友達の手を
バシっとたたいた。
なんてことが、ありえる。

というような話。

大人の常識が、すべてではない。
思ってもみなかった視点をも
大切に取り込むこと。
そんな学びが、そこにはあった。

けれど、
ぼくは、その話を聞いて、
「そういう視点で子どもたちと
接するように意識してみよう」
と、思うわけではない。

ネタの一つとして、面白がっちゃう。

以前から考えていた
「字義通りにとらえちゃう
純粋無垢な天使」の
話のネタになるぞ!
という面白がり方。

…すみません。

普段意識せずに使っているけど、
「慣用表現」と、
「字義通りの意味」との間に
乖離があるものは、意外と
多いんじゃないか。

そこに違和感を、あえて感じてみることに
面白みがあるような気がする。

いくつかピックアップしてみようか。

飽きがくる(秋がくる?)
足をひっぱる(実際にはひっぱってない)
頭をしぼる(拷問か。発想として怖い)
甘く見る(熟したバナナをみるような?)
一杯くわされた(なにも食べてないけど)
腹がたつ(お腹は立たないよ)
腕をみがく(ぴかぴかにしてどうする)
お茶をにごす(お茶はもともとにごってる)

前にも書いたけど、
暗黙の了解(先読みタイプ)の
慣用表現もある。

ポスト見てきて
=新聞あったら持ってきて
という意味だけど、
見るだけみて、戻ってきちゃう。
とか。

こんな話を構想中。

つい先日、とあるお宅に
舞い降りた天使の子が、
おうちの手伝いをしようと
頑張る。

だけど無垢中の無垢なので
すべてを字義通りにうけとって
しまって、
なかなかお手伝いが
うまくいかない。

けれど、最後は、逆に
功を奏するできごとがあり、
大団円。という物語。

…なんだそれ?

あと、これ、
ほんっとに全然関係ないけど、
蛭子能収「ひとりぼっちを笑うな
という本がいま、とてもすごく
読みたいです。

図書館に行こう。
読んだら作文かーこう。

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