ことばの実験室 更新2019/7/15

名前をつける理由

中学高校と、陸上部だった頃、
ほとんど毎日走っていた。

よく言われているのは、
1日走るのをさぼると、
体を取り戻すのに
3日はかかるといういこと。

もしそうなら、
全然走っていない文科系の部活
(天文部とか)の人たちの体力は
一体どうなってしまうんだ。

と、余計な心配をしていたが、
ともかく日々体を動かす習慣が
あったからか、
今でも、じっとしていると
外に出なければという衝動に駆られる。

実際、人のモチベは腿の筋肉を
動かすと上がると言われ、
机の上での考え事より、
歩いてたり、サイクリングする方が
考えに広がりが出る実感がある。

ということで、
よく散歩するんだけど、
住宅街のなかに
ぽつんとある肉屋さんの
前をよく通る。

この肉屋が、なぜか印象に
よく残っていて、通るたびに
おやっと、のぞいてしまう。

なぜかというと、
このご主人がおっかない雰囲気の
おじいさんなのに反して、
見ると、必ず植木に水をやっている。

そうでなければ、
ガラス越しに、怖い顔で見られている
と思うとそうではなくて、
外の鉢をじっと眺めている。

何気なく通り過ぎると
気が付かないけれど、
よく見ると、肉屋の軒先が
ちょっとした花屋さんみたいな
雰囲気になっている。

通るタイミングに
たまたまお客さんが
居なかったからだろうけど、
見ようによっては、仕事そっちのけで
花のお世話をしているようだ。

うちにも、観葉植物があるので、
じっとみつめ、その様子に癒される
という感覚がよくわかる。

植物は人の赤ん坊なみに日々成長する。
あ、ここに新しい枝が生えた。
とか、
ちいさい花のつぼみができた。
とか、
葉が枯れて黄色く変色してきた。
とか、
こちらが寝ている間に
つぼみだったのを開花させていた
なんてこともある。

変化に富む植物の方が、
可愛がり甲斐がある。
つまり、それは心配のし甲斐が
あるということでもあって。

うちには、変化の少ない植物と
日々目まぐるしく変化する
植物とがあるんだけど、

自然と、よくお世話が必要な方に
呼び名がつく。
あれに水やった?
天気いいからベランダに出そうか?
などなど、
気に掛ける必要があるので、
名前も付けざるを得ない。

ねむの木だから、ねむ夫みたいな。

世話を焼かない方は、
名前はまだない。
ちょっと不公平かなと思うが、
まだ必要性を感じないから仕方ない。

あれだけ植物に世話を焼いている
肉屋のおじいさんは、果たして、
どんな名前で呼んでいるのか。
気になるところだ。

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