ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

受信不可だが、影響はある不思議

「生物から見た世界」(岩波文庫)
という本を久しぶりに開くと面白い。

どんな本かというと、
人の見ている世界と、
動物の見ている世界って
どう違うんだろうという本。

その中に「探索像が知覚像を破壊する」
っていうのがあって…、
これは噛みくだいていうところの、
「見てるはずなのに、気が付かない」
というやつ。

見えているのに、気が付かない。
そんなことがあるのか、
と思うかもしれないけど、
きっとあなたにもある。

ぼくの体験談を紹介しよう。
これは本を本屋で探しているとき。

タイトルだけ知っていて、
どんなデザインの本か知らない時、
勝手に「こんなサイズで、
こういうタイプの本の見た目だろう」
と予想していると、
全然見つからない。

検索機で調べた結果によると
この棚にあることは間違いない。
慎重に、棚の端から、端まで
じっくり眺める。
…見つからない。

はて、店員さんを呼ぼう、と。

店員さんは、あっという間に
探し出して、ぼくに手渡してくれる。

あ、こんな大きさの本だったんだ。
たしか、この辺りは見たはずなのに、
なぜ見つからなかったんだろう。。

みたいなもの。

自分の探そうとしているイメージが
実物と異なると、見つけにくくなる。
逆に、イメージが合致していれば
見つけやすくもなるんだけど。

さらに突き詰めると、
探しているものが、
「ない」のに「見えて」きてしまう。
ということも起きる。おばけみたいだけど。
「生物から~」の本では「魔術的環世界」
という言い方をしている。

これ、また本のたとえだけど、
川上弘美が好きだった頃があった。
古本屋の棚をぼんやりみていると、
「あ、いま、みつけた!」
と思う。

「川上弘美、あったよな」
と思って、じっくり探してみると、
「なんだ、川上未映子じゃん」
というようなことがある。

自分の頭のなかのイメージが
強すぎて、幻想を見てしまうという。

または、同じものなのに
人によって、違うようにとらえている。
とか。

さっきのぼくのように、
作家を見て本を探す人か、
製本の手法が面白いと思う人か、
背どり目的で売買価値で探す人か、
もしくは、状況が状況なら、
サバイバルの為に
火を燃やすための燃料として
手に取る人もあるかもしれない。

客観的に見た、ただ、そこにある本、
という以上に
様々なポテンシャルに満ちている。
この話は本だけに限らず。

〇あるのに、見えていない。
とか、
〇ないのに、ある、と思えちゃう。
とか、
〇見る人に適した用途で、
見えてきてしまう。
とか。

「見て感じている」って、
すごく主観的なものなんだなあ。
どれだけ客観的、と思っていても…。

ということなわけですが。。

そこで、気になるのは、
たとえば、(急に本のたとえから離れるけど)
なんか髪の毛が整わない、と思うと、
雨が降っていたり。
古傷がうずくとおもったら、気圧の変化が。
自分はかからないと思っていても、
ウィルスに感染するのもそうだし。

自分の主観とは、関係なく、
影響を受けることがある。

周りを主観で見ているけど、
実際に影響を受けるのは、
主観で見ているものでは
とらえきれないものだったりする。

そこと、どう付き合えばいいのか、
そこまでは
「生物から見た世界」には、
書いていない。

もう少し調べたり考えてみたい。

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