ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

反省としての「遊び」と「学び」

遊びを学びに。

学びを遊びの中で。

絵本を作る過程で、こんなことが
頭をよぎる。

そうあったらいいな…
そんなふうに
役立ててくれたらいいなって。

でも、

「遊びが、学びには欠かせない」
「遊びの中の学び」
「「あそび+学び」で、楽しく深く学べる」

ネットでちょっと検索するだけでも、
こういうワードは腐るほど出てくる。

たぶんちょっと腐ってる。

なんでかっていうと、これって
大人が子供を見下ろしていう言葉だから。

「遊び」と「学び」をセットにして
意見をいう時、大抵の大人は
自分のことは棚の上。

でも全然悪気はないし、
良いことをしようと考えているのだから
否定はしないし、その可能性についても
あるとは思うけれど、
それを言う大人自身が、
どれだけ実践しているかどうかが
ぼくにとって腐るかどうかの
境目だと思う。

話題はちょっと変わるけど、

インスタやっていると、たまに
「ぜったいに稼げる投資の方法を
教えます!」みたいな自称トレーダーから
メッセージがくるんです。

絶対に稼げるって保証するなら、
あなたの全財産を突っ込んで
自分で稼ぎまくればいいのでは?
という素朴な疑問が。

だって、
なんの脈絡もない他人に連絡して、
「絶対に稼げるから教えます!」なんて
その親切の理屈が理解できない。

理屈の分からない親切は、怖い。

もし適合する理屈があるとするなら、
その人は投資で稼いでるのではなくて、
教えを乞う人からお金をとることが
収入源となっている、ということの
他に理由が見当たらない。

これと同じ形式が
もしかしたら、「遊びと学び」にも
あてはまるのでは…汗

もし、仮に本当に
「遊びと学び」がいいと実証できるなら、
まずはそれを言うあなた自身が
実践するのが一番いいんじゃない?
って思う。

そうじゃないなら、それは
稼ぐための考え方なんだなと思うし。

…いえ、自分のことはいいんです。
子どもたちの未来のために…

という心の声が
自分の胸からきこえてくる。

え?
自分ができていないし
実感できていないことを
どうやって子どもに伝えるつもり?

自分でできなくてもいいけど、
こどもにはさせるっていうのは、
なかなか無理がある。


という反省のもと、
あ、大人が遊びで学ぶって
こういうことじゃんと、
気が付いたことがあったので、
明日はそれを書きます。

あと232日

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