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付け足しておかしくなる

電車にのっていたら、
隣に座っていた喪服のおじいちゃんが
ふと、こんなことをつぶやいていた。
 
100までの願い届かず、ああ無念、
胸が伊丹十三でございます。
 
きっと母か父かが長寿だったのだが、
100歳までは及ばなかったのだろう。
そういう時に、なんというジョークを
いう人だと思った。
 
自分でも、こういうのを
たまーに、思いついてしまう。
 
割と真剣な話をしているときに、
「こういうことがあってね、
結局こうだったんだ」
という話のあとに、相槌を打とうとして、
「ああ、そうだったんそば…」
と、言いたくなる。
 
一瞬、時を
止めてしまうくらいつまらないし、
そんなふざけた態度が
相手にも失礼だから、言わないけれど
思いついてしまう。
 
洒落を思いつくだけなら
しょうがないが、
口にして言うのは
時と場合を選ぶ。
 
小学校のころ、算数の文章題で、
「ひょっこり」という表現が出てきたとき
「ひょっこりひょうたん島」のうたを
歌って、
センセイにきつく叱られたことがある。
テスト中だったということもあって。
 
斎藤孝「声にだす ことばえほん
おっと合点承知の助」(ほるぷ出版)
ではそういう例がいっぱい出ている。
「しーらんぺったんゴリラ」とか
「すいませんねんカメは万年」とか。
 
そういうのを「付け足し言葉」と
その本では呼んでいる。
 

 
付け足す、と言えば、
落語を聞いていて面白い
馬鹿にするやり口があった。
 
一見すると、褒めているようだけど
そうではないという裏切り感。
 
力自慢の男が、ある人にこう言われた
「お前は、馬にも勝るぞ」
男がよろこんでいると、
その人はこう付け足す
「顔立ちがな」。
とんだぬか喜びだった。
 
他にも、素人役者に
「人前に出られるなんて、
てえしたもんだ」
と褒めるが、
「そんなへんななりで」
と付け足して相手の怒りを買う。
 
褒めているようで、けなしている。
 
余計な付け足して、
関係性に刺激をあたえる効果はありそうだ。
ことばあそびは、標本のように
ならべるのではなくて
やっぱり実践して、たのしいものであるのが
理想だ。

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