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事実の視点

「水面に光がさしこむと、光は屈折する。」
や、
「太陽からの磁気嵐が、
地球の磁力によって南極北極に集められ
オーロラとなる。」
や、
「北半球において、
馬はみんな春に産まれる」
という事実は、
説明的でありながらも、
魅力と説得力を感じます。
 

 
単なる空想ではなく、
それが事実であるというだけで
俄然ひきつけられてしまいます。
 
実話であるかどうかは別として、
純粋に観察によって得られた結論。
己の考えや妄想のみに留まらず、
世界と電話線をつなげたような、
解放されたような気分になります。
 
シュティフターの「水晶」や、
ビアトリクス・ポターの
「ピーターラビット」はもちろんのこと、
チェコの作家/画家でもある
デイジー・ムラースコヴァの
「なかないで、毒きのこちゃん」も
「事実である」ということに説得力があり、
そう思う事で、表現の中に
もっと想像力をかきたたせる
奥深さが見えてくる。
 
この「なかないで、毒きのこちゃん」の
あとがき(「日本のみなさまへ」)に
以下のようなことが書いてありました。
 
「この本に出てくる話は
みんな本当にあったこと、
わたしに、わたしの娘に、
おさなかったわたしの母に起こったことが
元になっています。」
 
しかし、この本を読めば
すぐに分かる事があります。
 
主役の女の子でカテジナは、
「森」と人のことばで会話している。
 
リスやトカゲ、きのこと
歌ったり、遊んだり、踊ったりする。
果たしてこれが事実であろうか。
 
あとがきを見直すと、やはり
「みんな本当にあったこと」と
記してある。
 
しばらく読んでいくと
自分の方が間違っているのでは、
と思えてきた。
 
これは実際の体験や経験から生まれ、
磨かれた感受性の産物なのではないか。
 
森の中で本当に、そのような
体験を感じたのだと思う。
 
想像力とは、
世界を観察する上での「独自の視点」
というのことなのだろう、と
思うようになっています。

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