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上質な不安

星野源をたまに聞く。
「日常」という歌が好きなんだけど、
そのアルバムには
「営業」という曲もある。
 
聞いていると「不安はまるでお金だ」
という歌詞があって、
これは一体どういう意味だと
ひっかかっていた。
 
でも、最近分かってきた。
分かったきた、といっても、
勝手に解釈しているだけなんだけど。
 
ぼくなりに解釈を添えていうと、
「努力をお金で購えるとするなら
不安はまるでお金だ」ということ。
 

 
ふと「不思議の国のアリス」に、
こんな描写があるのを思い出した。
 
「そこでアリスはヒナギクで首かざりを
作る楽しさと、そのためにわざわざ
立ち上がってヒナギクをつむやっかいさと、
どっちが大きいかしらと
考えはじめました。」
 
ぼくの質から考えると、
間違いなく「立ち上がってヒナギクをつむ
やっかいさ」が大きい。
 
日々、できれば楽をしたい。
ビアトリクス・ポターが住んでいたという
湖水地方のようなところで、
老後のような暮らしをしていたいと思う。
 
でもそれは現実にはあり得ない。
現実では、楽しさに至るにも
やっかいなことがある。
 
その、やっかいなことに
立ち向かうだけの、原動力がほしい、
と常々思う。
 
そういうときに、
「不安はまるでお金だ」を思い出す。
 

 
原動力を買うために、
不安を得ればいいのだ。
 
では不安はどうやって作ればいいの?
漠然とした、とりとめのない不安では
あまり効果はないようだから、
もっと実のある不安ではないとだめ。
 
ひとつ考えたのは、
「あえて昼寝」あるいは「遠足寝」である。
「遠足寝」というのは、明日は遠足だから
早く寝るんですよ、という風に思い込んで、
早々に布団に入ること。
 
これで何が起きるかというと、
「持ち時間」が減るのである。
具体的にあと何時間後に〆切りがある、
というように追い込むことができる。
目覚めたとき、ぞっとして、
とても頑張れる。
 

 
実はこれはうまくない。
なぜなら、持ち時間を犠牲にするという
確実なリスクがあるから。
 
できれば何も失いたくはない。
 
そこでもうひとつ考えたのは、
人と会うこと。それで、
その人のことを思い出しながら、
行動することがいいのではと思う。
周りには、仰ぎ見るような人が
たくさんいるから、
自分ももっと水準を上げなければ、
と、質のよい不安がこみ上げるんじゃ
ないだろうか、と思う。
 
みんなどうやって
いい不安を作っているんだろう。

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