docchigagigugego.jpg
Clickで詳細ページへ。

一字一拍のこと

日本に生まれてこのかた
他国に出たことがない。
 
話せる言葉も日本語だけ。
 
一カ国語しか話せないのは
日本人くらいなのだという。
 
多人種の国であれば、それだけ
耳に入ってくる言葉も増えるし、
話す機会も生まれる。
 
しかし日本には日本人しかいない。
外国の人が住んでいても、
「あ、外国の人だ」という認識に留まる。
違う言葉を持つ人を同じ日本人だとは
なかなか思いづらい。
 
このように自国語しか知らない
というわけだから、
日本語における常識が
全世界共通なのだと勝手に
思い込んでしまっていた。
井の中の蛙大海を知らずであります。
 

 
例えば、「拍」について。
「拍」とは発音の最小単位のこと。
「こんばんは」だったら
「こ」「ん」「ば」「ん」「は」の
5つの拍から出来ている。
 
ご覧の通り日本語の拍のとらえ方は
とても簡単。
ひらがなが1つで1つの拍と
考えれば良い。
 
例外として
「ひゃ」「しょ」「ぎゅ」なども
2文字だけど1拍としてまとまる。
 
拍の種類は全部で112あると言われる。
 
さて、英語の拍の種類ではどうか。
なんと8万は越えるのだという。
 
「dog」や「spring」も1拍として
数えられるのだそうだ。
 
日本だったら、
「ド」「ッ」「グ」の3つに分ける事が
できるので、たとえば
逆さまから読むという発想も生まれる。
 
ドッグを逆さから読むとグッドになるね、と
英語圏の人に話してもピンとこないそうだ。
 
「ま」を逆さから読んでみたら
「あむ」になるね、と言われているのと
同じような感覚だろうか。
「ま」に逆さも何も無いだろう、と。
 
(ちなみにローマ字に細分表記すると、
「ま」は「ma」となり、
逆さにすると「am」。
と、考えれば考えられなくもない。)
 
この1文字1拍、という性質が
七五調の詩歌を
生んだのかもしれない。
 
「日本語(上)」金田一春彦著に
次のような例がある。(以下引用)
 

 
著者がハワイの大学で日本語・日本文学を
講じていたときのこと。
アメリカ人の学生の一人が、俳句を
作ったといって持って来た。見ると、
 
 村雨や晴れて雀の討論会かな
 
とある。筆者は、これはいけない、
「討論会かな」は八音になるといった。
と、その学生は、ナゼイケマセンカ、
「討論会カナ」ワ五ツデス、という。
数えさせてみたら、
 トウ ロン カイ カ ナ
と数えた。
 

 
ああそうなのか、と思う。
一字一拍ということを理解することが
なかなか容易ではないようだ。
 
その分だけ、私(たち)の想像が
及びもしない常識が、
むこうにもあるのだ、と思うと
冷や汗が出る。
 

« »

サイト管理