ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

パワースポットの本質

神社にいくと、
どこでもたいてい常連っていう
雰囲気の人たちがいます。

ぼくなんかは、
右の方をみて、左の方をみて、
うろうろしているのですが、
常連の方は参道をスーッとまっすぐ歩き
拝殿で深々とお辞儀をして、帰っていく。

どうという表情でもないのですが、
なんとなく澄んだ雰囲気があります。

しろうと的な考えといいますか、
にわかに「神社がパワースポットだ」という
ぼくなんかは、
わー、なんか神社からパワーが
出てきているんだ!
という感じだったりするのですが、

常連さんにしてみたら、
神社が持っているパワーを
おすそ分けしてもらっているという感じ
でもないんだろうなと思うんです。

お参りをするという習慣それ自体が、
ここちよい気分をもたらしてくれる
ということなんだと思います。

ホっと安心する、
なんか居心地がいい、
背筋の伸びる気持ちに整う、
元気になる、
といったような心もちに
なっているんじゃないかな。

要するに、
これさえあれば大丈夫、
という気分になれる。

大丈夫、と腹の底から思えていたら、
自然とパワーが湧いてくる。

そのパワーがどこから湧いてくるか、
というと、神社からではなくて、
自分の「はらわた」から、なんですよね。

なので、
「こうしていると気分がいい」とか、
「わくわくしてきた」とか、
「好きなんだよな~」と
胸ときめくことを習慣にしている人は、
そこが神社じゃなくても、
パワースポットなんだと思うんです。

ぼくの場合は、似顔絵を毎日描くこと。
毎朝のラジオ体操、この作文を書くこと、
夕方の筋トレ、散歩、
図書館で好きな本をかたっぱしから
借りまくってひたる、
お風呂で進撃の巨人をみる。

こないだ、ちょっと忙しくしてしまって
数日間これらをできずにいたら、
なんかぐったりしてしまって。

元気もわくわくもしないで、
仕事を進めると、全然ぱっとしない。
気分が乗らないと、楽しくならない。

パッとせず、楽しくない状態で
ものを描いたり作ったりして、
はたして、イメージする快さが
人に伝わるのだろうか?

夕飯の料理をするとき、
進撃の巨人を流しながら
「ささーげよーささーげよー
しーんぞうをささーげよー」と
口ずさんだり、
川沿いの公園で、本をながめたり、
仕事には無関係に思えることが
じつは神社でお参りすることと
同義だと思うんですよね。

好きなことでお金を頂く以上、
自分がちゃんと自分をわくわくさせている、
という状態に作るのは、必須条件です。

いま、この瞬間が楽しい、
という状況を保つために、無駄な忙しさを
できるだけなくしていきたい。

ぼくは学校の科目には、
「確定申告」を加えることを所望したいのですが
もうひとつ「心地よい」という授業も設けたい。

まず先生として枕草子をおすすめしたい。
それは次回。

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