ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

スケッチについて

散歩しているとき、
向こうから歩いてくる人の顔を
じっと見てしまうクセがあります。

通りすがる人の顔を見ないで
やり過ごすのが我慢ならないくらい、
ぜったい見ちゃう。

だいたい、一人で歩いていたり、
自転車に乗っている人なんだけど、
見ていると気が付いたことがあった。
なんか、大人と子どもで違うなと。

たいてい大人は、遠い目。
たぶん、目の前というより
頭の中のイメージを見ているようで
つまり、焦点が「考え」や「思い」に
あるように見える。

一方、子どもは、
いまの、そこ、それ、あれを
見ているってかんじ。
自転車の後ろに固定された子が、
両手で踏ん張って首をまわしながら、
過ぎていくなにかをみている。
たいてい口を半分開けていたりして。

意識が「思い」にいるよりも、
いま直面しているものをみつめている方が、
顔にはエネルギーが宿ってるってかんじがする。

顔だけじゃなくて、
体全体が実感として反応しているんじゃないかな。

そういう意味でいうなら、
ぼく自身、今は完全に大人な顔で歩いており、
そのためか、いまここにいる、という感覚が
とても薄い。

たとえば小学生の頃なら
もっと居場所の記憶が濃かった。

土の匂いがして、
つめたい風がふいて、
乾いた葉が音をたてて迫ってきて、
ぞわぞわっと、
その場所の感じが身に染みていた…
なんてことがあったはずなのに、

いまや、起きているのに
ずっと夢を見ているような
画面越しに動画をみているかのような
鈍い感覚。

これはまずいんじゃないか、と思い、
呼吸を意識した瞑想(マインドフルネス?)
をしようと。

いま、ここに自分がいる、という実感を
言葉ではないところで、
呼吸を繰り返し、確認するってやつ。

そうしていると、だんだん子どもたちが
むしろ古い師匠のような存在に思えてくる。

だって、子どもは「いまここ」の気持ちを
体得した、
ぼくにとって超越した存在なんだから。

ということで、
朝活でスケッチをはじめました。

1日朝の50分。
2日で一人描くペース。
インスタでやってます。

なんでそんなことを?
と理由を聞かれることがたまにあって、
ここにまとめます。

・朝の瞑想の時間として

・師匠から「いまここ」気分を授かるため

・軽やかに絵を描けるために

(ちなみに、
軽やかに絵を描くためには、
知っていないといけないのです↓
どこに線を入れるとどんな表情になるのか、
輪郭線を描くんじゃなくて、
重さや大きさ、体の量感、やわらかさ…
その勉強のため。
あとは、そのための観察も楽しいので)

以上、割と自分のためなのと、
原画はお渡ししない(データのみ)
ということで無料にしています。

ありがたいことに、たくさんの方にご連絡頂いていて
今は2~3か月くらい待ちになります。

すぐに欲しい、原画もほしいという方は
ぜひ有料の「似顔絵バッヂ」をどうぞ。

« »

サイト管理