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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

よく知らないけど、メタ言語能力について

「メタ言語能力」ってなんだろう。
 
なんか本を読んでいたら
「メタ言語能力」っていう
ワードが出てきた。
 
分かりやすくいうと、
「意識して言葉を観察すること」
らしい。
 
ふだんは無意識に使っている
日本語だけど、
よくよく気にしてみてみると
理由はわからないけど、
なんかそう思うんだよな、
ということが多い。
 
ぼくらは日本語の
ヘビーユーザーにして
熟練者であるにも関わらず、
その自覚がない、と
いえばいいか。
 
たとえば、
英語でいうところの
「high」と「low」の関係を
日本語にすると、
「高い」と「低い」。
 
でもなぜか、お金に関することでは
「低い」が「安い」に
すり替わってしまう。
 
客観的になると、
なんでだっけ?と思う。
 

 
それから、
「不幸」「不安」「不足」「不穏」
など、マイナス面の言葉を示すのは
大体「不」がつく。
 
ということは基本的に、
「ある」「良い」状態を基準にして
ぼくらは言葉を使っているんだなと
はじめて認識できる。
 

 
そういわれると、
なにかを述べる時とか
たとえば自己紹介する時も
基本的に「~である」という
言い方をする。
 
だけど、
「~ではない」という自己紹介が
あったら、面白いのになと思う。
 

 
ポピュラーなところでいうと、
「「で」いいや」か
「「が」いいや」かで、
だいぶ意味合いが変わる。
 
たった一文字で意味が変わるし、
それは時に本心とは違った伝わり方を
して厄介なことにもなったりする。
 

 
ほかにも、
「つまむ」と「つかむ」
「あるく」と「はしる」
「放る」と「投げる」
その中間のような動きをしたとき
それをどっちの名称で呼ぶか。
 
「競歩」は歩くなのか、走るなのか?
(見た目的には走ってるように見える)
くしゃくしゃにした紙を
ゴミ箱にぽいっとするのは
「放る」のか「投げる」のか、
(軽い力なのは放るで、
強くなのが投げる?)
などなど、
意識はしないけど、
割と明確な意味の境界線が
あるような気もする。
 

 
読書感想や、日記や
作文、お手紙を書く時って、
大体ほんとうに思ったこと、
感じたこと、体験したことを
書くもの。
 
だから、言葉で書くというのは、
本当にあったこと、
思ったことだけを書くものと
思いがちだが、そうでもない。
 
「もしも」という言葉に
代表されるように、
あるいは「計画」という
言い方でもいいけど、
今ここにないことも、
書けてしまう。
 
ウソといってもいいし、
でたらめでもいい。
 
でもそういうことが書けるのも
また、言葉の不思議さ。
 

 
言葉を使う上で、
あまりにも自然に、そして
無意識として使っているので、
全然気がついていない面白さが
そこにはたくさん隠れている
気がする。
 

 
「メタ言語能力」っていうのを
検索すると、
英語を学びやすくするために
日本語の言葉の規則を自覚してみよう
という役割を与えている。
 
それはそれでいいにしても、
もっと面白がれる実用性を
見つけたいと思う。
 

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