ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

もしも隣に住んでいたら…

「わたしくらい絵を消しては描いて…
を繰り返している人はいるのかしら」

という林明子さん。
描いても、描いても、わたしは下手だから
というのは、謙虚さというよりも、
実直な観察と、それを感じる心の繊細さ
その高精細なレベルに絵で迫ろうとする
根気という気がする。

インタビューの記事を読んだだけなのに、
どこか勝手に親近感を覚え、
まるで隣で仕事をしている仲間が
ものすごい高い視線を持っていることに
感化された、
という気分になってしまった。

正座して、背筋をのばして、
心が改まる。
そういうことかっていうかんじ。

なんで調べているかっていうと、
Radiotalkのネタのためなんだけど、
もうひとつ調べているのは、
「おさるのジョージ」。
日本では最初、ひとまねこざると訳されていた。

日本での一作目では、
物語のなかで動物園を抜け出したジョージが
「黄色い帽子のおじさんを探しにいく」と
唐突に「黄色い帽子のおじさん」が
出てくるんだけど、
アメリカでは、これよりも前に出ている
1作があった。

「ひとまねこざるときいろいぼうし」
ここで、黄色い帽子のおじさんとの
出会いが描かれている。

アフリカから船に乗って
アメリカにやってくるんだけど、
じっさいに夫妻はサルを飼っていて
一緒に船に乗った経験も
あるらしい。

作者である夫妻は、
とにかく好奇心旺盛で、
ブラジルへの旅行の経由で立ち寄ったパリに
4年間も滞在してしまうというほど。

夫妻は、ふたりともドイツ生まれ。
1930年代というと戦争真っ只中。
1939年にはフランスにいたが、
ドイツが攻めてくるという情報を
聞いて、いそいで自転車を2台組み立てて
スペイン、ポルトガルと抜けて、
ブラジルを経てアメリカへ渡ったという。

初めてみる国へいき、
ことばの通じない人たちに囲まれ、
あれはなんだろう!とさぞ関心を
もっただろうな。
ビルの高いところから、
街を見下ろしたり、
人々の喧騒や交通渋滞や事故を
目の当たりしたり、
漁師や、サーカスの仕事なんかを
たくさん写真に収めたり、
きっとその体験が絵本の面白さの
源になったのだろうな。

ナチス政権が横暴した時代。
皮肉なことにも
そういう閉塞感や、危機が
自分を動かす要因になったりする。

もしも、平和だったら
彼らはアメリカに移住していただろうか?
ジョージの絵本が、こんな物語に
なっていただろうか?

好奇心の裏側には、
危機感があったから
いつも自由をもとめて
動き回っていたのではないか、
と思う。

今、自分だったらどんなふうだろう?
現在は平和なのだろうか?

物質的には豊かではあるものの、
命の危険といえば災害があり、
コロナも閉塞感を生んでいる。

あとは実際の体験以上に文字情報での
伝達が多いので、
精神的な不安定さもあるような。

そんななかで、
自分がなににわくわくして、
どうすることが気分の解放になるんだろう。

「なにか作らないと」
という焦りが先走ってしまって、
それが何なのか、
自然なきもち、ではなくて、
無理に作ったおできみたいなものだったら
どうしよう。とか。

そういうことに思いを寄せる

もし、レイ夫妻が隣の家に住んでいて、
ときどき一緒に晩御飯を
たべるような友人だったら…
どんな話をするかなと考える。

想像するだけで、緊張感と、わくわくが
伝染してくる。

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