ことばの実験室 更新2019/7/15

またの名を迷子の達人

今日は、散歩の達人として
書かせてもらうけれど、
散歩の大敵とは「思い込み」である。

まず、散歩とは、ルートの開発
といっても過言ではない。

思い込みがある人は、
たとえば「あの公園へ行くには
この道だ」と決めつけている。

目的地がない散歩でも、
この辺りを一周して戻ってこよう
というルートも一定の道に
なりがち。

それがベストかどうか、
もっと吟味してほしいし、
その吟味のプロセス自体(=迷子)を
楽しむことが散歩の本質といえよう。

こんな体験があった。

時々ワークショップで
お世話になっている、
とある施設からの帰り道。

建物を出て、いつもは右に曲がって、
駅まで歩いていく。

よっぽどの遠回りを
しない限りは、
駅までは一本道だと思っていた。

毎回、その道を通る。
思い込みルートが、知らずに
完成されていたのだ。

ある日のこと、
打ち合わせを兼ねて、別の講師のクラスを
見学をしていた。

帰り道、その講師の方と
駅まで一緒に歩いて行くことに
なったんだけど、
その方は、建物を出て「左」に行く。

僕は右だ。

あれ?と思う。

てっきり左にバス停があるか、
車を止めている駐車場でもあるのかと
思って、
「駅にはいかないんですか?」
と尋ねると、
「いえ、駅にいきますよ」と言う。

あれ?と再び思う。

「駅はこっちですよ」と
促そうとすると、
「あ、こっちからも行けるんですよ」
と提案を受ける。

ここからが、散歩の達人の
腕のみせどころ。

思い込みこそ、道の大敵、
これを思い出し、
ならばと左について行った。

ははーん、
そこを曲がるのか、
盲点であった。

しかし、ここを曲がると、
駅の出入り口とは、
違う方に出るのでは?

そう思いながら、
初めての「通り」にある
ミニ商店街に驚く。
こんなところがあったのか。

気が付くと、目の前に、
いつも利用していた駅の反対口が
待ち構えていた。

うぉ!
え、駅だ。

いつものルートより、
むしろ距離が近い。
しかも、路地裏感の味わいが
ある道。

施設に通って、2年間、
初めて知った道だった。

思い込みの罠にはまった
愚かな自分が情けない。

こんな道を教えてくださって、
ありがとう。
と、声には出さないが、
丁寧にお辞儀をして、別れた。

自分は知っている、という
思い込みは、恐ろしい。
成長と好奇心を止めてしまう。

自分は大丈夫、と思ったあなた。
その慢心こそが、思い込みの始まりです。

初心に帰って、うろうろ
散歩をしよう。

こりゃあ、まだ、
隠された新ルートがあるに違いない。
今度は、そこを発掘してみせよう。

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