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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

ぼくと子どもの関係…

絵を描く時に使う「筆」。
 
長年、絵を描いている人と比べたら
貧弱だけれど、
スタメン5本くらいの筆を持っている。
 
ただ、高級なものでもなくて、
その辺の画材屋で普通に売ってる
普通の筆なんだけど、
しばらく使っていると、
愛着がわいてくる。
 
机の上はぐちゃぐちゃだけど、
筆だけは、きれいな水を含ませ、
毛先をぴんを立ててから、
ていねいに水彩バケツに並べる…。
 

 
さて、場所は変わって、
親子イベントに参加した時の話。
 
子どもの似顔絵を描いてたんだけど、
子どもたちに待ち時間ができたので、
待っている間に、お絵かきしてもいいよ
というスペースを設けた。
 
最初は色鉛筆だけで描いていたのだけど、
ぼくが水彩バケツで、筆をゆすいだり、
スポイトで水をちゅっと
やっているのをみて、
「それ、やりたい」と言い出した。
 
何人かいたが、特に
3歳の男の子が印象にのこった。
 
結論から話すと、
日頃から大事に扱っていた筆を
メタメタの、ぐちゃぐちゃに、
バフバフの、でろでろにしてしまった。
 
絵具のパレットも、
水に溶ける顔料の塊を
丁寧に使っていたのが、
全部、黒い泥水になってしまった。
 
子どもたちは、絵具や筆が
ぼくの大事にしているものだと知らない。
だから、仕方がない。
 
しかし、しかし…、
ぼくが大事にしているものを、
そんなに乱暴にしないで、と
伝えるべきか?
 
いやまだ早いのでは?
 
というのも、
水彩と筆を、人生で初めて触った
感動を奪っていいものか、と思う。
 
彼も一生けん命だし、
ぼくも心のうちを伝えず、
これは…、お互いに
気持ちの一方通行だ。
 

 
もうすでに色水で洪水になった
紙の上に、容赦なく
スペシャルオールミックスカラー!
(つまり泥色)
を降り注ぎ、たたきつける。
 
もうやめろというべきか、
し、しかし…、
加減を知れと教えるには
まだ早いのでは?
 
そもそも、水の加減というのも
大人の都合及び、経験則である。
 
まずは、
こうやったら→こうなった!
という極端な体験を味わうがいい、と
半ばあきらめる。
 
お互いの交通整理されない
この少年とぼくは、
通じ合えるのだろうか。
と。
 

 
結局、彼は大人の手を一切借りず、
自分だけの手で、はがきサイズ2枚を
仕上げた。
タイトルを尋ねると
「うちゅう」であるという。
 
なるほど、宇宙にちがいない。
そして、これが記念すべき人生で
初めての水彩絵画作品である。
 
この作品は、冗談でも、大げさでもなく、
彼の思い出のアルバムに一生残しておく
価値のあるものだろう。
 
紙の上に、なおも水たまりをつくる
「宇宙」を、パパに見せるから、と、
そのまま、ママの手提げに
入れようとしたので、
そこはさすがに制止。
 
この宇宙はまだ水っぽいから、
乾かしてからにしようと説得。
 
お昼ご飯を食べたら、またおいで、
と促した。
 
一度乾いたか様子を見に戻って来たが、
30分後にはきれいに乾き、
よく見れば、色のグラデーションが
絶妙なテイストを生んでいる。
 
OPPの袋に入れて、渡すと、
すごくうれしそうにして、
ぼくの聞き間違え出なければ、
「ありがとうございます」と
去り際にいっていた。
 
なんというか、
ものすごくありきたりな
「ありがとうございます」
ごときのフレーズで
一方通行の関係が
突き破られたような気がしました。
 
これが私の、この夏の思い出。。

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