ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

ほとんど水中の世界

なかなか外にでられない、
というけれど、

近所だったらいいよね、と
川沿いにある雑木林の中の公園には
たくさんの親子同士のグループや
若い男女たちが遊びに来ている。

みんな楽しそう。
むしろ以前以上ににぎわっている、
という印象すらある。

夕方になれば少しは人が減るかな
と思って、17時前に散歩してみると、
お、まだたくさんいる!

ベンチに腰掛けて眺めていると、
後からやってきた親子が、
ビニールシートを敷きはじめ、
子どもたちはボールをけり上げる。

今からの人もいるんだ!

楽器を演奏する人たち、
シャボン玉しながら走る子、
濡れたシャツをぱたぱたと
乾かす子、
湿った土と木の匂いのなかで
なにやら話し込んでいる男女、

いつのまにか
ベンチに置いておいた
アイスカフェラテのカップに
たっぷり水滴がついている。

ぽたぽた持ち上げると、
風が吹いてきて、
顔じゅうに、ぶよぶよという
感覚をうける。

このときに、はっと
思ったんですよね。

もし、空気が目に見えていたら、
おおきなハチミツかゼリーの塊みたいな
粘性のあるとろっとした動きをするものに
この広場全体が取りこまれているんだなと。

空の上をどこまでみても、
それは溜まっていて、
形をにゅるーって変えながら、
上下左右から圧しつ圧されつ、
動いている。

そこに公園にいるぼくたちみんなが
どっぷりと沈んでいるように
見えたんです。

向こうで楽器を鳴らすと、
空気はゼリーのようにぷるるんと震えて
ぼくの耳もとまでドミノ倒しのように
振動が伝ってくる。

シャボン玉は、空気の流れに乗って、
いっせいに同じ方向へ動き出す。

水の中に絵筆を入れると
じわーっと色が染まっていくように、
そこらじゅうの土や木々が匂いとなって
(もちろんぼくたちの体からも)
じんわり溶けだして広がっていく。

濡れたシャツを乾かす、というのは、
シャツを空気でひたひたにする
ということだし、

カフェラテのカップの水滴は、
空気の中にあった雨の素が
くっついてできたもの。
これは紛れもなく、
カップの表面にだけ降った雨。

風が顔に当たると、
大きなくじらみたいなものが
通り過ぎる時に
顔で分散してはじけ、
小魚みたいになってするすると
頬をなでて通り過ぎていくような。

こうみていくと、
そうか、これは確実にいるなと。

見えないだけで、物質として空気が
ここにいる、と

想像すると、
まるで瞬間的に水中生物にでも
なった気分に思えて、
呼吸ですら、「息を吸う」ではなく
実体のあるなにを「のみ込んでいる」
という感覚になって、
あれ、これ、大丈夫なんだっけ?

と戸惑うくらい。

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