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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

ことばのもつ環世界

たまに出会う光景。
 
お母さんのお手伝いをする
3、4歳の子。
 
お母さんから
「このお皿、あっちに渡してくれる?」
といわれて、うれしそうに
「うん、わたしてくれる。」
と言いながら、受け取ったお皿を
食卓のお父さんに運んでいく。
 
または、こんな光景。
 
アメを握っている女の子。
お母さんがやってきて
「そのアメどうしたの?」
と聞くと、そばにいたおばさんが
「おばちゃんがアメをあげたのよね」
と子どもに説明を促すと、
女の子は持ってるアメを
差し出して
「うん、おばちゃんがあげたアメ」
と嬉しそう。
 

 
大人の私たちから見ると
この子のセリフに
いちいち違和感を覚えてしまう。
 
「わたしてくれる」じゃなくて、
「わたしてあげる」でしょ?
 
「あげた」じゃなくて、
「くれた」でしょう?
というように。
 
…それは、そうなんだけど、
ちょっと違った視点から、
この子のセリフを眺めてみたい。
 

 
もし、ここが日本ではなく
英語圏の国であれば、
実は違和感はないかもしれない。
 
英語では、
「あげた」も「くれた」も
すべて同じ単語「give」で表す。
 
だから、あながち間違ってると
言い難いところもある。
 

 
言葉の持っている
守備範囲みたいなものは、
他にも例があるようで、
言葉をおぼえるしくみ」(ちくま学芸文庫)
今井むつみ/針生悦子著
には、「持つ」「運ぶ」についての
例も載っていた。
 
英語でいうところの
「hold」。
 
日本語では、
持つ、保持する、つまむ、つかむ…
翻訳する場合、いろいろな意味が
対応できる。
 
料理するとき、
「ひとつまみ」と
「ひとつかみ」では
量のイメージは大分違う。
 
ここまで見ると、
日本語の方が意味の細分化が
されていると思うが
もっと細分化されているのが、
中国語。
 
holdにあたる言葉が20以上ある。
それが、どんな言葉かを中国語で
書いてもわからないと思うので、
日本語で頑張って書いてみると、
 
両手で抱く
小脇に抱える
頭に載せる
ウェイターみたいに片手でもつ
背負う
肩からさげる
肩にのせる
両手で掲げる
手提げのように持つ
握る
器の両端をもつ
花束のように両手でもつ
などなど。
 
これすべてに当たる動詞が
存在するらしい。
 
だから中国語で、
「水の入った器を持って」と
言いたいときに、
(器の両端を持って、ではなく)
「肩にのせる」の意味の「持つ」と
言ったら、怪訝な顔をされるだろうな。
 

 
ことばの違和感ってすごいなあ
と思う。
本人には無自覚なのだろうけど、
実は、こまかい言葉の使い分けが
自然と身についている。
 
外国の人から見たら、
天才的に見えるかもしれない。
理屈はよくわからないのに、
間違えば違和感として分かるんだから。
 
でもぼくらからしたら、
当然のことだし、
それがすごいとも思わない。
 
でも、よくよく考えると、
その言葉や、使い方をしていることが
人との関係や、日常のしぐさに
影響を与えているのかもれないと
思ったりする。
 
その国特有の文化みたいなものが。
 

 
自分のなかの、意識ではなく
もはや身体感覚と言ってもいいくらいの
日本語自動読み取り機がある。
 
そういう、
自分でも気が付かない秘めた
才能なんだっていうのを
自覚できたら、
楽しいだろうな。
 
反射神経的にそう思えるような
実験を考えてみたい気もする。
 

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