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ことばとからだの実感

体がどうしてもダルいときがある。
 
寝っころがっていると、
快感をうながす神経がしゅわしゅわ
はじけて、とろけそうになる。
 
このまま脳だけで過ごしたい、
と思うようになる。
体はなくなって、
脳だけが自由自在/全自動の乗り物に
乗っていて、いつでも、脳が冴えている。
そんなありえない状況を想像する。
–このままではいけないと思う。
 

 
矛盾のように思えるが、
ダルさは体を動かすことで
解消できるらしい。
 
脳の本を読めば、頭も
体を動かすことで冴え始めるらしい。
 
結局、運動をしないことには
どうしようもないと思って、
早朝に散歩をはじめた。
 

 
朝早い外気は、なんとなく世間と
切り離された場所のようで、
歩いていると心地よい。
 
木や土の匂い、肌寒さ、変な緊張感がある。
ちいさな羽虫が指のうえで、細かな足を
もぞもぞ動かしているさまも、おもしろい。
 
思えば、ぼくの関心は「人」を
中心にしていたような気がする。
誰かとの約束で、誰かを気にして、
誰かを思い出して、考えて…などなど。
人を思い出すキッカケばかりが
身近にあるからだと思う。
 
だから、人ではないものごとに関心が
湧いてくると、うれしくなる。
普段の反作用のためかもしれない。
 
科学の話(ことば)の
おもしろいところは、
実際に目で見ている景色以上の感覚
(空気による想像以上の重さの均衡や、
気圧による風のうごき、
地球の自転/公転のスピードなど)
が本当にあるんだな、という実感を
感じさせてくれる。
 
想像すると、立っている足元が
一瞬だけくらっとする気になる。
いわば精神的な視野が広がる、
といったところ。
 
朝、歩いて林に分け入っていくのが、
とても興味を深いものになっていく。

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