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「変えられるんだよ、言葉は」

一匹のウサギがいる。とする。
 
このウサギを一瞬で変身させなさい、
というお題がだされたとしたら、
どういうふうにしよう。
 
現実では、ウサギはどうしたって、
ウサギのままだ。変装などさしたっても
根本的にはウサギのままだ。
 
でも、言葉の世界の中では、
変身させるのは、すごく簡単。
 
言葉の世界というのは、つまり、
小説みたいに文字だけでできている
世界。
 
「うさぎ」の「さ」を「な」に入れ替えれば
「うなぎ」にできてしまえる。
校正段階の小説のような、
自分の操作でどうとでも変えられる可能性をもつ。
 
なにも小説だけではなくて、
現実でも、ばか!って言おうとして、
「ば…」まで言ってたとしても、
「ば…、ば…、ばっちり!」なんて
言い換えたりもできる。
 
言葉の世界では入れ替え可能で、その都度
世界を変えることができる。
 
元気じゃなくても、元気です。と
手紙にしたためることだって
できてしまうではないか。
 
言葉は意思(とほんの少しの操作)次第で、
たとえば「のむヨーグルト」を
「のるヨーグルト」と書くと、
謎のファンタジーができあがるし、
ぼくが満月の夜に「つきだ」と言ったのを
女の子が「好きだ」と聞き間違えることも
できるてしまえる。
 
とても曖昧なものであり、
それゆえに変動する可能性に
満ちている。
 
見たいものや、望んでいるものに
言葉を寄せることができれば、
それはイメージによっておぼろげに
形作られ、次第にイメージではなく
ほんとうに形作られるかもしれない。
 
どのような言葉を自分は選ぶのか、
ということは、ちょうど船の舵取りの
ようなものではないかという気もする。
 
言葉は変えられる。
ということが、どんなに素晴らしくて、
時々変で、可笑しくて、うれしいものか、
「そう使って」みれば分かる。
 
ことばサーカスという絵本を
ずーっと考えて書き直し続けているんだけど
「言葉は柔らかいから、したいように変えられる、」
ということが軸になるかしらと考えている。
言葉あそび、というよりも、
生活での実用に向けた
楽しみ方の提案になればなお理想的。
 
そういう考えが、ちゃんと雰囲気として
伝わるものになーあれ!
と思ってみている。

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