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いきいきの線

海外の絵本を眺めていると
挿絵画家の巧さに打ちのめされる。
 
じぶんをふくめ、絵に特別な関心を
もたない友人たちの反応をみていると、
「巧さ」とは大体
以下のようなものであると分かる。
 
丁寧であり、精密であり、きれいで
描写が上手であること。
 
よるの祝杯208
そういう認識を無意識のうちに
持っているらしく、
これから紹介する挿絵画家たちの絵を
「ちょっと手抜きなんじゃないか」
とさえ思ったこともあった。
 
でも、いま彼らに感じている「巧さ」とは、
そういうことではないのだった。
 

 
「あなはほるものおっこちるとこ」(1952)の
モーリス・センダック(アメリカ)
maurice206
 
「こねこのぴっち」(1954)の
ハンス・フィッシャー(スイス)
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「サーカスの小びと」(1963)の
H・レムケ(ドイツ)
レムケ207
 
これらを雑だなんて思っていたのか!
なんて愚かんだったんだ。
 
こんなにのびのびした線は、
そうそう描けない。
細密描写のようにちびりちびりと
描いていてはこう軽快にはならない。
 
人や動物のうごきや
線の太さの強弱のつけかた
かすれた表現、
ふにゃらっとした線の心地よさ。
対象を簡略化して整理した描き方。
 
こりゃあ、かなわない、と思う。
ぼくは「この体勢で動きを出すには、
どういう線を描いたらいいのかしら」と
分からず、ビビってしまうので、
全体的にこじんまりとしてしまう。
 

 
それにひきかえ彼らは、
頭の中に、あざやかな対象物の印象が
あらかじめ写されている。
 
だから迷うことなく、
活き活きと線が手や足となり、
顔となり、こねことなる。
 
こまったね。

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