ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

「ありのまま」と「無常」の差

今日は「ありのーままでー」と、
「世界ーにひーとつだけの花」について
考察してみようと思う。

この曲の意図としては、
他人の評価に振り回されたり、
よりよく見せようとしなくても
充分だよと。

肩の力を抜きなさいと。

物理学者のファインマンさんが
自分の研究で大事なのは
(周囲を)「無視せよ」ということだと
メモを残していたとか。

意味合いとしては、
そういう事だと思う。
「気にすんな」と。

それはそれでわかる。

でも、それでいいのか、
って考える人たちもいる。

それが南直哉さん。
問題は「ありのままで、世界にひとつ」
としたあとに何を考えるか、
なんだけど、
じゃあそもそも「自分のままでいい」
っていう「自分」ってなんだと。

人それぞれ
「これが自分である」
「こういうふうにありたい」
という思惑があると思うけど。

南直哉さんの話を聞くと、
それこそが、
実はやっかいなものなんだと。

とにかく「ままならない」。

ぼくは子どものころから
そうなんだけど、
神社でガラガラ鳴らして
手を合わせて目を閉じ(お祈りをす)ることが
どうして恥ずかしい。

最近は我慢はできるようになったけど、
恥ずかしさは変わらない。

もっとひどい時は、
人前で目を閉じることも
できなかった。

たとえば部活帰りに、
みんなで電車に揺られているとき、
疲れてうとうとする友人もいる中で、
ぼくは目を閉じたくなかった。
なぜって、目を閉じている自分の
顔を見られるのが恥ずかしいから…。

そういうのに、平気になりたい。
これが、昔からの自分の「そうありたい」
と思う理想。今でもなお。

そうありたいと思っても
治らない。つまり、ままならない。

我慢はできるけど、
しかし「ありのまま」でいいなら、
恥ずかしがって、お祈りどころではない。


変わるとか、
変わりたいとかいったら、これ↑。

今の自分のままでいたい、
という気持ちと
変わりたい、という気持ち。

でも、無常という考え方でいうと、
これも違うんじゃないかと。

くうき(まっくろくろすけみたいなものを
想像してほしい)のことを見習ってみたい。

空気がなぜ動くか、
どうして風になるか、
なぜ塵や水蒸気を抱えて
どうして上昇したり、
下降したり、するんだろう。
これには、はっきり理由がある。

くうきの中の一匹が
自分はジェット気流に向いているから、
とか、
雨雲には加担したくない、とか、
思ってもしょうがない。

くうきが、風になるか、
動物の細胞にしばし滞在するかは、
ままならない。
自分でコントロールできない。

思うと、思わざるとにかかわらず
ままならないということを
受け入れるということが
無常観だというんだって。

大丈夫だよ、
きみは変われる。
なんとかなる。
ありのままが、世界に一つなんだから。
これが一般的には甘い言葉。

だから無常って、
人が欲しがる言葉とは
ちょっと違うかもしれない。

でも、そっちのほうが、
本当だっていう気がする。

ままならぬものを、
コントロールしようとすると
ままならぬだけに
時々、人生地獄がやってくる。

なんか知らなけど、やっちゃうとか
これをしないとどうにもならないんだ、
みたいなことと向きあい続けることが
いい意味でもそうじゃない意味でも
実は大事なのかも。

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